生きる と いうこと | 生命の基準 | 命が止まるとき
金曜は、のんびり遊ぶつもりが、今日は遊べないehokenです。
『生きてる』って何だろう。。。
自分で息(呼吸)すること?
自分で食べる(栄養を摂る)こと?
自分で心臓を動かすこと?
自分で感じる(考える)こと?
人工呼吸器はつけますか?
鼻から管を入れて養分を流しますか?胃瘻(いろう)にしますか?首の根本に養分点滴しますか?
気管切開して、肺に直接酸素を送りますか?
ペースメーカー、人工心肺つけますか?
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装置が必要になったときの状況をみてしまうと、、、
その瞬間に、その装置を使わなかったらどうなるのか分かっているのに、、、
その装置を使わないとどうなるか、瞬時に判断、、、、
その装置を使いたくなってしまうのは必然かも、、、
人工呼吸器を使わないでいいです、、、というのは、、、、
そのシーンがきたとき、、、
目の前で『首を絞めて、息をとめさせてください』
といってるようなもの。。。
『やっぱり、呼吸器を付けて下さい、、、、』といわずにガマンできるか、、、、、分からない。。。
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でも、、、こうしたステップを徐々に進めていくと、、、、
人間ではなく、、、機械に生かされてる躯体、、、に近づいていくのだろう。。。
意識が戻る可能性は低いが生きている、、、
呼吸は少し強くなったが、、肺炎に罹っている、、、、、
アレルギーなどから、肺炎をスッキリ治すクスリは手探り状態、、、
このまま、呼吸が弱まったとき、、、、苦しそうにしたとき、、、
人工呼吸器はつけなくていいの?、、、
と尋かれたら、、、
・・・どうしたらよいのだろう。。。。